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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11514号 判決

主文

一  大阪地方裁判所平成八年(リ)第一八九〇号事件につき、平成八年一一月七日作成された配当表のうち被告への配当額二一一万二六二九円とあるのを〇円に、原告への配当額四九万六二七二円とあるのを二六〇万八九〇一円にそれぞれ変更する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、原告が配当表に対し異議を述べ、請求記載のとおり配当表を変更することを求めた事件である。

二  争いのない事実

1  被告は、安澤博(以下「安澤」という。)に対する大阪法務局所属公証人石井玄作成平成六年第九三七号の慰謝料支払等契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)の正本に基づき、平成八年四月八日大阪地方裁判所に対し、債務者を安澤、第三債務者をサンプラニング工業株式会社(以下「サンプラニング」という。)、請求債権を安澤との離婚に伴う慰謝料二〇〇〇万円と生活費補助として平成六年六月から平成八年三月末日まで毎月一〇万円の割合による金員二二〇万円の合計二二二〇万円、差押債権を別紙差押債権目録一記載の債権とする債権差押命令の申立(同裁判所平成八年(ル)第一〇〇二号)をなし、同裁判所は同月一八日右債権差押命令を発し、右命令は同月二六日サンプラニングに、そのころ安澤にそれぞれ送達された。

2  原告は、安澤に対する大阪地方裁判所平成六年(ワ)第八九三二号貸金請求事件の執行力ある正本に基づき、同裁判所に対し、債務者を安澤、第三債務者をサンプラニング、請求債権を貸金等六〇〇五万九七一四円と内金五九二八万一三九六円に対する平成四年二月一四日から年一四パーセントの割合による遅延損害金一八六五万六二七七円の内金五〇〇万円、差押債権を別紙差押債権目録二記載の債権(別紙差押債権目録一記載の債権と同一)とする債権差押命令の申立(同裁判所平成七年(ル)第二六九〇号)をなし、同裁判所は平成七年八月二三日右債権差押命令を発し、右命令は同月二五日サンプラニングに、平成八年三月一五日安澤にそれぞれ送達された。

3  サンプラニングは、差押が競合したため、平成八年六月二四日大阪法務局に二六一万〇四三三円(内訳は、左記のとおり)を供託し、大阪地方裁判所に事情届を提出した(同裁判所平成八年(リ)第一八九〇号)。

差押債権元本四〇〇万円(九一万五〇〇〇円については、被告において取立済)から所得税等法定控除額一八〇万五五〇〇円を差し引いた残金二一九万四五〇〇円とこれに対する平成五年四月二八日から供託日までの年六分の割合による遅延損害金の合計金

4  原告は、平成八年一一月七日の配当期日において、別紙配当表に対し、被告は配当額は〇であり、その分も原告に配当されるべきである旨の異議を述べた。

三  争点

1  本件公正証書記載の離婚に伴う慰謝料及び生活費補助金支払の合意は、通謀虚偽表示による無効なものであるか。

(原告の主張)

右公正証書が作成されたのは平成六年六月二〇日であるところ、そのころ安澤は全くの無資力であって右のような高額の慰謝料や生活費補助金が支払える筈がなく、また、被告と安澤は現在でもしばしば連絡を取り合っていることからしても、右合意が仮装のものであることは明らかである。

(被告の主張)

被告は、安澤と平成二年一〇月から同棲生活を始め、平成三年一〇月五日婚姻届出をした。ところが、安澤は、平成四年一月サンプラニングを辞めたころから、酒を飲んでは被告に暴力を振い、大声を出すようになった。このような状況のもとで、被告は、安澤の暴力等に耐えかねて離婚を決意し、平成六年六月一日協議離婚の届出をした。右離婚に際して、安澤は、被告に対し、慰謝料二〇〇〇万円と平成六年六月以降毎月一〇万円の生活費補助金の支払を約した。

2  本件公正証書記載の慰謝料及び生活費補助金支払の合意は詐害行為にあたるか。

(原告の主張)

被告が安澤と右支払の合意をしたのは、原告の安澤に対する前記貸金債権が発生した日(平成三年五月一五日)よりも後である平成六年六月二〇日であり、安澤は当時全く無資力であったから、右合意が原告の債権を害することは明らかであり、また、被告は右合意の直前まで夫婦であったから右詐害につき悪意であるから、右合意は民法四二四条により取り消されるべきである。

(被告の主張)

右は離婚に伴う慰謝料等の支払の合意であり、しかも、右合意額は安澤のそれまでの生活状況からして高額なものではないし、また、安澤は、離婚当時、サンプラニングの株式を所有しており、兄に対し、二億円での買取を求めて交渉しており、右合意の金員は右売却代金で支払う予定にしていた。したがって、右合意は詐害行為に当たらない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(通謀虚偽表示)について

証拠(甲第一ないし第四号証、乙第一ないし第七号証、被告本人尋問の結果、弁論の前趣旨)によれば、次の事実が認められる。

1  安澤とその兄の安澤昭(以下「昭」という。)は、昭和五二年四月サンプラニングを設立し、昭は代表取締役、安澤は取締役をしていた。

2  安澤は、金融機関から融資を受けて不動産を購入し、右購入不動産に、昭和六三年八月三一日株式会社第一勧業銀行(以下「第一勧銀」という。)に対し三〇〇〇万円の抵当権を、同年一〇月三一日三和信用保証株式会社(以下「三和信用」という。)に対し一億二二〇〇万円と五八〇〇万円の各抵当権を、平成元年二月一七日第一勧銀に対し一〇〇〇万円の抵当権を、同年四月一日株式会社第一勧銀ハウジングセンター(以下「ハウジングセンター」という。)に対し極度額八一四〇万円の根抵当権を、同年六月一六日三和信用に対し八二〇〇万円の抵当権を、同年九月二八日原告に対し極度額三六〇〇万円の根抵当権を、平成二年五月一四日三和信用に対し極度額八二五〇万円の根抵当権を、同年一〇月一日ハウジングセンターに対し二億一五〇〇万円の抵当権を、平成三年五月一五日原告に対し極度額七二〇〇万円の根抵当権を、同年一〇月一八日三和信用に対し極度額八二五〇万円の根抵当権を設定していたところ、いわゆるバブル経済の崩壊により、平成四年初ころから利息の支払も滞るようになり、多額の負債を抱え、その支払に窮していた。

3  原告は、安澤に対し、平成三年五月一五日六〇〇〇万円を貸付け、その後、一部支払を受けたが、残元金五九二八万一三九六円と平成四年二月一三日までの遅延損害金七七万八三一八円の合計六〇〇五万九七一四円及び内金五九二八万一三九六円に対する平成四年二月一四日から支払済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金債権を有していた。

4  平成四年四月二七日ころ第一勧銀信用開発株式会社により右不動産の一部につき、同年八月三一日ころ三和信用により右不動産の一部につき、同年一〇月七日ころ原告により右不動産の一部につき各競売の申立がなされ、そのころ各競売開始決定がなされた。被告は、そのころ、安澤から、その所有にかかる不動産につき差押を受けたことを聞き、そのことを知った。

また、安澤は、税金も滞納していたため、そのころ右不動産につき参加差押を受けた。

5  被告は、平成二年一〇月ころから安澤と同棲を始め、平成三年一〇月五日婚姻の届出をした。

しかし、安澤は、前記のとおり不動産投資に失敗したことから、生活費の捻出にさえ窮するような状態であったことから、酒に溺れて、飲酒のうえ被告に対し暴力を振るうようになった。

安澤は、平成四年一月末サンプラニングを退社し、収入が全くなくなったにもかかわらず、働かずに飲酒しては被告に暴力を振るった。

右のような状況であったため、被告は、安澤に対し愛想を尽かして離婚することを決意し、平成六年六月一日安澤と協議離婚をした。

6  平成六年六月二〇日本件公正証書が作成されたが、それによると、安澤は、被告に対し、離婚に伴う慰謝料と二〇〇〇万円を支払うものとし、内金一〇〇〇万円を平成六年六月末日限り、内金一〇〇〇万円を同年一二月末日限り支払う、生活費補助として平成六年六月以降毎月一〇万円を支払う旨の合意がなされたことが記載されている。

しかし、安澤は、右合意にしたがって一度も支払をしていないし、また、その支払をしようとした形跡もない。

7  安澤は、サンプラニングの株式を八九九九株所有しているが、平成五年七月九日原告により、その内の八三四〇株が仮差押され(原告は、平成七年五月二六日右八三四〇株を差し押さえた。)、他の債権者によりその余の株式が差押を受けている。右株式の平成七年七月二〇日時点における価格は、一株三〇九円にすぎない。

乙第七、第八号証及び被告本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、前記慰謝料及び生活費補助金の額は被告らの婚姻期間、安澤の経済状況等に照らして異常に高額であり、しかも、本件公正証書が作成された平成六年六月当時、安澤には、多額の負債があって、右慰謝料及び生活補助金を支払う資力は全く無かったのであり、現実に右合意にしたがった金員の支払が一回もなされず、また、右金員を支払おうとした形跡も窺えないことからして、右慰謝料及び生活費補助金支払の合意は被告と安澤との間で仮装されたものと認めるのが相当である。

二  以上のとおりであるから、本件公正証書記載の慰謝料及び生活費補助金支払の合意は通謀虚偽表示にあたり無効なものというべきである。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

差押債権目録一

金2220万円

但し、債務者が第三債務者に対して有する最高裁判所平成8年(オ)第297号(原審 大阪高等裁判所平成6年(ネ)第1842号)において認められた下記金員の合計で頭書金額に満つるまで

(1) 元金 金491万5000円

但し、上記大阪高等裁判所平成6年(ネ)第1842号事件判決の第2項に表示された金員

(2) 遅延損害金

但し、上記元金の内金400万円に対する平成5年4月28日から支払ずみまで年6分の割合による金員

差押債権目録二

金5,000,000円

債務者が第三債務者から支給される、平成4年1月1日以降に支払期が到来する未払の下記債権にして、頭書金額に満つるまで。

1 毎月の給料(基本給と諸手当。但し、通勤手当を除く)から給与所得税、住民税、社会保険料等の法定控除額を控除した残額の4分の1(ただし、上記残額が月額金28万円を超えるときは、その残額から金21万円を控除した金額)。

2 役員として毎月または定期的に支給される役員報酬から1と同じ法定控除額を差し引いた残額

3 上記1の給料残元金に対する、それぞれの弁済期から平成7年8月22日まで商事法定利率である年6パーセントの割合による遅延損害金

4 上記2の役員報酬残元金に対する、それぞれの弁済期から平成7年8月22日まで商事法定利率である年6パーセントの割合による遅延損害金

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